周囲の人が、性格の偏りを 「個性」 として認めてくれる人ばかりなら、気分よく過ごせます。
しかしながら、日本では、そんな環境は滅多にありません。
個性よりも、絆だ空気だと言って、人と同じであることを強制される場所ばかりです。
人と違えば違うほど、仲間はずれにされたり、いじめの対象になったり。
東日本大震災以降、この傾向は強くなっているようです。
性格の偏りは、御魂の偏りでもありますから、神道的に見てもよいものではありません。
私達は、御魂を磨き、御魂を完成させる旅の途中にいます。
御魂の偏りは、早めに気づいて修復すべきですね。
そのためには、極端なことをする、徹底的にする、想念の限界を超える、などのことが必要になります。
肉体の限界は想念の遙か上にありますから、もうダメだと思ったところから、本当の修行が始まります。
本気で性格の偏りを直したければ、覚悟を決めましょう。
自分流で、自分で考えたことを実行して下さい。