誓願とは、一般に、誓いを立てて神仏に願い事をすることです。
菩薩やカソリックの修道者にも、「誓願」 と呼ばれるものがありますが、私達には関係ありませんね。
さて、誓願は、願いが叶うまで一番好きなものを断つ、というのが一般的です。
よくあるのが、お茶断ちでしよう。
誓願は、「○○を我慢しますから、この願いを叶えて下さい。」 と、祈ります。
神様に対する約束を守ることが、真心です。
この真心が通じて、願いが叶います。
何でも叶うかというと、そんなことはありません。
しかし、単に願い事をするだけよりも、叶いやすくはなります。
誓いを継続している間は、真面目に生きるでしょう。
人間性が磨かれます。
何かを断つという類の誓願は、最も好きなものを断たないといけません。
一番苦しいことです。
お茶を断つことは、それほど苦しくないでしょう。
お茶断ちしたくらいでは、大した願いは叶いません。
コーヒー、タバコ、酒などの嗜好品を断つのも、同様です。
苦しいのは、最初だけですから。
断つことよりも、何かをし続けることを誓う方が、例え願いが叶わなくても、プラスになります。
やってきたことが身につくか、社会に役立つか、何かしら良い影響が残りますから。
それが、願い事と関係するものでなくてもかまいません。
また、「21日間、連続でお百度を踏みます」 と宣言するのもよいでしょう。
神社参拝しても全く願いが叶わない方は、一度、誓願をしてみてはいかがでしょう。
覚悟が要りますが。