真心が出しやすいのは、他人に関する祈りです。
特に大事な人のことを祈るときに、出しやすいものです。
しかし、対象が人類とか、日本国の国民とか、不特定多数の人の場合には、真心は出にくいものです。
むしろ、義務感とか、神様に対する計算が頭をかすめます。
「公のことを祈ると、自分の願いを聞いてもらえるかもしれない」という風に。
逆に、家族のことになると、真剣に祈れます。
かわいい子や孫のことなら、尚更です。
子や孫が病に冒されたときや重傷を負ったとき、祈らない親や祖父母はいないでしょう。
それが重篤なものなら、自分の命に代えても助けて欲しいと思うはずです。
このとき、「私はどうなってもかまいません、〇〇の命を助けてください。」
「私の命を差し上げますから・・・。」
といった祈りは、真心の祈りです。
ですから、神様に通ります。
通れば、祈った本人の命と引き換えに、その子は助かるでしょう。
しかしこれは、間違った祈りです。
絶対にしてはならない祈りです。
なぜだか、わかりますね。
さて、自分に関する祈りも、真心でないと通りません。
自分自身に対して、真心を向けられますか。
そのためには、自分を愛していなければなりません。
あなたは、自己肯定感が高いですか。
「自分は素晴らしい人間だ」と、無条件で思えますか。
理想とする状態とかけ離れていたとしても、「今は、たまたまこんな状態だけど、私自身はこのままで素晴らしい」と思えますか。
自分を愛していないと、自分に真心を向けることはできませんし、神様に祈りが通じないでしょう。
10円を支払って願いを注文するのと、結果は同じです。
自分に真心が向けられない方は、神社では、大事な人のためだけに祈りましょう。
真心から家族のことを祈り、願いが叶うことを実感してください。