他人を喜ばせるために、自らを犠牲にしている人がいます。
相手は喜んでも、自分は失うものばかりで、辛いだけです。
それで良いわけがありません。
私たちの御魂は、神様の分魂です。
分魂とは、神様が自身の魂の一部を切り分けたものではありません。
これは、よく、蝋燭の炎に喩えられます。
蝋燭本体ではなく、炎です。
火の着いた蝋燭があって、そこに別の蝋燭をかざすと火が着きます。
火を分けたことになりますが、元の蝋燭もその炎も半分になるわけではありません。
同じようにして、何本でも火を着けることができます。
元の炎は、そのままです。
そして、どの蝋燭も同じ炎です。
私たちの御魂も、これと同じです。
神様と変わりありません。
つまり、御魂は神様です。
よって、自分を犠牲にすることは、神様を犠牲にすることです。
自分を辛い目に合わせることは、神様を辛い目に合わせることです。
逆に、自分を喜ばせることは、神様を喜ばせることです。
自分を敬うことは、神様を敬うことです。
分かりましたか。
他人を喜ばせるのは構いません。
しかし、それで自分が苦しむのは、神様を苦しめることになります。
相手の御魂も、それが分かっています。
その人は、顕在意識では喜んでいても、御魂は悲しんでいます。
自己犠牲で他人を喜ばせるのは、自分と相手の両方の御魂を苦しませることになります。
全く、良くありません。
他人を喜ばせる前に、自分を喜ばせましょう。
他人に向けていた気遣いや愛を回収して、自分に向けてください。
そうして、自分を喜ばせてください。
自分を、楽しいことで満たすのです。
御魂が喜べば、どんどん、運が良くなっていきますよ。