荒魂や奇魂に比べると、幸魂は磨きにくいと思います。
荒魂は筋肉に対応していますから、筋トレをすれば、荒魂が磨かれます。
筋トレにゴールはなく、鍛えれば鍛えるほど、さらに次のステップを目指したくなります。
「今日は、昨日の限界を超える。」
逃げたくなるのを我慢して、歯を食いしばってトレーニングを続けていると、身体的な耐久力と同時に、精神的な忍耐力も向上していきます。
ですから、荒魂は鍛えやすいのです。
荒魂が磨かれていれば、奇魂が磨きやすくなります。
奇魂磨きは頭を使うことですから、楽をしようとする脳の抵抗に打ち勝って、頭を使い続ける必要があります。
荒魂が磨かれていれば、それは可能です。
それに比べて、幸魂は根性や忍耐で磨くことができるものではありません。
幸魂は人に幸せに導く働きです。
人の幸せを祈ること自体は簡単です。
対象が大嫌いな人であっても、「〇〇さんが幸せでありますように。」と、祈ることはできます。
しかし、心がこもりません。
一所懸命に頑張っても、嫌いな相手の幸福を望むことは無理です。
「頭では分かっていても、心が赦さない」っていうやつです。
心から相手の幸せを祈るには、いろいろな工夫が必要です。
どのように工夫するかは奇魂の働きであり、工夫し続けるのは荒魂の働きです。
ただ、嫌いな人の幸せを本心から祈る工夫を、うまく行くまで続けられるでしょうか。
この忙しい時に、と。
幸せになるのは ( 幸せでいるのは ) 、大好きな人だけでいいじゃないか、と。
このような思いが芽生えてくるのは、幸魂が磨かれていない証拠です。
今世のうちに磨くのか、来世に持ち越すのか。
どちらを選択するのも、自由です。
本日も、お読みいただき、ありがとうございました。
明日も、楽しい1日をお過ごしください。