和魂は、みんなと仲良くする働きです。
もともと日本人のDNAには、その働きが備わってます。
縄文時代の遺跡から発掘された人骨はいくつもありますが、戦って傷ついた跡がありません。
また、対人用の武器として使用されたと推測される石器も、発見されていません。
そこから、縄文時代の人々は部族同士で戦争をしなかったと、考えられます。
また、障害のある人や、歳をとって歯が全て抜け落ちたにも関わらず、何年も生きていたと推測される人骨も出土しています。
ここから、縄文時代の人々は、障害者や老人の世話をしていたと考えられます。
みんなで仲良く暮らそうという魂の発動が、私たちの御先祖にはあったのです。
だから、東日本大震災の折、被災者はみんな列を成して配給を受けていました。
店を襲撃して略奪することもありませんでした。
震災直後に大挙して来日し、略奪のかぎりを尽くしていた外国人がいたようですが、日本人は、互いに思いやっていました。
日本人の和魂は、かなり磨かれているのではないかと思います。
というより、和魂が磨かれた人でないと日本人に生まれ変われない、ということかもしれません。
さて、ある程度磨かれているとしても、完成しているわけではありません。
この世に生まれてきたかぎり、御魂を磨く必要があります。
それが、目的ですから。
といっても、以前にも記しましたが、和魂は磨きにくいのです。
他人に親切にしよう、みんなと仲良くしようとする時、自己犠牲があってはいけません。
私たちが集団で何かをする時、地域の付き合い、親戚付き合い、会社や学校での人間関係などは、悩み事の種になることが多いものです。
うまくやっていことする時、自分や家族の犠牲が、必ずと言っていいほど伴っているはずです。
我慢するのは、荒魂です。
結局、和魂磨きは、神様に祈るしかないと私は思います。
日々の祈りの中に、「御魂を磨かせてください。」と付け加えてください。
真剣に祈れば、場と機会が与えられます。
本日も、お読みいただき、ありがとうございました。
明日も、楽しい1日をお過ごしください。