困ったときだけじゃない神頼み

神社参拝だけでなく、スピリチュアルな分野も使って開運する方法を紹介しています。

茅の輪守り

この時期だけの限定「御守り」として、茅の輪守りを授かることができる神社があります。

 

境内には、大きな茅の輪が設置されていて、参拝者がそれを潜って体を清めますが、もともとは小さな茅の輪でした。

 

蘇民将来の伝説が起源です。

 

ある時、須佐之男命が備後国を旅していた時、金持ちに断られたあと、貧しい蘇民将来の家に泊めてもらいました。

 

感動した須佐之男命は、そのお礼に茅の輪を授け、一族を守ってやろうと約束しました。

 

その際、「蘇民将来の子孫だとわかるように、一族は茅の輪を腰につけなさい。」と言い残し、去って行きました。

 

これには、いろいろなバージョンがありますが、その一つが茅の輪伝説です。

 

このように、茅の輪は潜るのではなく、御守りとして腰につけていました。

 

神社で授かる茅の輪守りは、まさに、その伝説を体現したものです。

 

授かれるのはこの時期だけ、という神社がほとんどですから、ぜひ、授かってきてください。

 

特別な御守りなのです。

 

我が家では、玄関に御幣と共に設置もしています。

 

 

水無神社

岐阜県高山市にあります、飛騨国一宮「水無 ( みなし ) 神社」を紹介しましょう。

 

主祭神

 

御歳大神 ( みとしのおおかみ )

 

創建は定かではありませんが、平安時代初期の書物に登場しています。

 

主祭神御歳大神様は、毎年正月に家に来られる神様です。

 

いわゆる歳神様で、その御神徳を鏡餅に宿してくださいます。

 

水無神社では、毎年月遅れのひな祭り「生きびな祭り」がおこなわれます。

 

それは総勢100人の、煌びやかなパレードです。

 

また、大東亜戦争の最中には、熱田神宮御神体が一時、こちらに疎開されました。

 

それを「御動座」と言うそうです。

 

水無神社は、位山を神体山として祀る、古い神社です。

 

位山には、古代の遺跡があって、スピリチュアル界隈の人たちにも聖地として崇められています。

 

登山道も整備されていて、巨石群を楽しみながら頂上の奥宮にお参りできます。

 

遠くにお住まいの方は、ホームページなどを利用して、バーチャル参拝を楽しんでください。

 

 

茅の輪くぐり3

SNSブームの昨今、神社参りもインスタ映えが第一になっている人が多いようです。

 

近頃は、大勢の外国人が、撮影に夢中になっています。

 

その人たちには、神様を敬う氣持ちはありませんから、所構わず写真を撮りまくります。

 

大きな神社ですと、参拝している人よりもスマホを構えている人の方が多いようです。

 

参拝者との間でトラブルになることもあるようですが、残念です。

 

それはともかくとして。

 

茅の輪の写真を撮るのは構いませんが、決して、一部をちぎって持ち帰ってはいけません。

 

茅の輪には、潜った人の罪穢れ、邪気邪霊、不運や病気の元になる刧などが染み込んでます。

 

持っていていると、運が悪くなるでしょう。

 

御守りにはなり得ません。

 

その意味では、写真もよろしくないでしょう。

 

霊感のある方なら、見ていて氣分が悪くなるかもしれません。

 

茅の輪の写真を所有していて、運が悪くなることはあっても、良くなることはないでしょう。

 

これは、プリントではなくデータの状態であったとしても同じです。

 

 

茅の輪くぐり2

この時期だけ設置される茅の輪は、神社によって多少異なった形になっています。

 

直径3メートルくらいが標準的なものですが、天草市の牛深八幡宮では、直径7メートルのものが設置されます。

 

これは、地域振興のために2年前から始まったもので、歴史はありません。

 

変わったところですと、東京の東大島神社の茅の輪です。

 

これは、縦に三つ並んでいて、連続して潜っていきます。

 

三倍、祓われるのでしょうか。

 

最も特異な茅の輪は、奈良県桜井市「大神 ( おおみわ ) 神社」の茅の輪でしょう。

 

これは真ん中に大きな輪、その左右に少し小さめの輪が並んでいます。

 

三輪の三鳥居を象ったものです。

 

一つの茅の輪だと、左から順に8の字を描くようにまわって、都合三回くぐります。

 

三鳥居型だと、都合五回潜ることになります。

 

何だか、お得です。

 

大神神社は日本最古の神社と言われ、古代ユダヤとの繋がりも考えられています。

 

主祭神は「大物主大神」ですが、人に近い次元の白蛇が御眷属としていらっしゃいます。

 

ですから、大きな願い事から身近な願い事まで、何でも聞いていただけます。

 

また、遠くにお住まいの方が、この珍しい茅の輪を潜るために、わざわざ大神神社に参拝したら、その真心に感動された神様が、大いなる御神徳を授けてくださるに違いありません。

 

なお、伊勢神宮では大祓神事は行われますが、茅の輪も人形もありません。

 

その代わり、内宮近くの「おかげ横丁」に、茅の輪が設置されます。

 

伊勢にお参りの折には、おかげ横丁直会 ( なおらい ) してください。

茅の輪くぐり

この時期、神社の境内に「茅の輪 ( ちのわ ) 」が設置されます。

 

ほとんどの場合、神前の真前に設置されていて、それを潜って参拝する形になります。

 

茅の輪を潜れば、人形 ( ひとがた ) を書かなくても罪穢れを祓っていただけます。

 

でも、せっかく人形のことを知ったのですから、書いてこないと勿体ないですよ。

 

それはさておき、茅の輪くぐりのやり方は、どこの神社でも、茅の輪の横に案内看板が立てられていますから、参考にしてください。

 

左から数字の8、あるいは無限大記号を描くように潜ります。

 

その際、より効果を高めるために、次にあげる和歌を唱えてください。

 

 

水無月の 夏越しの祓 する人は 千歳の命 延ぶといふなり」

 

「思ふこと みなつきねとて 麻の葉を 切りに切りても 祓ひつるかな」

 

「宮川の 清き流れに 禊せば 祈れることの 叶わぬはなし」

 

 

茅の輪くぐりは、まじないの一種ですが、神様に対する礼儀として、潜る前に一礼してください。

 

さて、三つの和歌を覚えきれないという方は、最初のものだけでも努力して覚えてください。

 

それも無理なら、「祓いたまへ、清めたまへ、守りたまへ、幸はへたまへ」でもかまいません。

 

また、茅の輪の元になった人物の名前「蘇民将来 ( そみんしょうらい ) 」を唱えてもいいでしょう。

 

ただし、苦手な和歌を覚えようとする努力は、自分の御魂が見ていますし、守護霊も見ています。

 

その努力は、神社の神様の知るところとなるでしょう。

 

最初から覚える氣のない人間と、覚えようと努力した人とでは、授かる御神徳に大きな差がつくと思います。

 

ただし、覚えるのも覚えないのも、自由です。

 

なお、遅いところでは夏至以降に設置されます。

 

そのような神社では、7月中頃まで残されているようです。

 

夏越しの大祓まで半月

徳積みは、継続的にするのが理想です。

 

徳を積んでいるという意識がないくらい自然にできていれば、生きていることそのものが徳積みになります。

 

本人は自分が好きなことをしているだけなのに、他人は「いつも人に親切にしていて、すごい」と評価してくれるし、勝手に幸せになっていくと感じています。

 

そのレベルに至るまでは、定期的に徳積みを意識する機会が必要です。

 

徳は幸せのもとです。

 

どんどん積んでいきましょう。

 

さて、夏越しの大祓神事まで半月になりました。

 

神事に参加できなくても、それに向けての人形 ( ひとがた ) は、書いてきてください。

 

半年間の罪穢れを祓っていただいて、清々しく、今年の後半を迎えましょう。

 

人形は、何枚書いても構いません。

 

参拝すればするだけ御神徳がいただけますし、その間に徳積みしていれば、その分だけ多めに罪穢れを祓っていただけるでしょう。

 

ただし、2枚書いたら2倍、3枚書いたら3倍の罪穢れが祓われるというものではありません。

 

当たり前ですが。

 

ともあれ、あと半月。

 

徳積みを心がけていきましょう。

 

 

 

 

過去は変えられないが

過去の事実は変えられませんが、記憶は変えられます。

 

勝手に変わる記憶もあります。

 

例えば、小学生の頃に教室で起きた「事件」の事実は変わりません。

 

しかし、何年も経った同窓会で、誰かがその「事件」の思い出話を始めた時、人によって話が食い違うなんてことは、よくあります。

 

記憶が、変わっているのです。

 

当事者の場合は、「忘れたい」一心で記憶を書き換えているのかもしれません。

 

しかし、当事者でないのに事実と違うように記憶している人もいます。

 

つまり人の記憶は、意識して書き換えることもできるし、勝手に書き換わることもあるのです。

 

あなたにも、嫌な記憶はあるでしょう。

 

瞑想して、その記憶を思い起こし、浄化しましょう。

 

浄化のエネルギーがシャワーのように降り注ぎ、記憶の汚れを洗い流すイメージします。

 

そして、スッキリ感を味わってください。

 

思い出すのが辛すぎて、意識の奥底に封印してしまっているものもあるかもしれません。

 

そのようなものは、何かのきっかけで出てきた時に処理してください。

 

さて、嫌な思い出を洗い流したら、記憶を書き換えましょう。

 

自分勝手に、都合の良いように書き換えてください。

 

ただし、他人を傷つけたり、苦しめたりするものはダメですよ。

 

例えば、いじめられていた記憶を、いじめていたことに書き換えてはいけません。

 

仲良くしていた、親切にされた、助けられた・・・、と平和で楽しいものに書き換えるといいですね。

 

相手に対する負の感情が消えていないなら、可愛がってやった、施してやった、助けてやった・・・などのように、自分が上位であったことにしてください。

 

何年も前の過去の記憶を書き換えるのは、違うパラレルワールドに移行したのと同じです。

 

その瞑想を終えると、周囲が少し変化しているはずです。

 

その微かな変化を見つけて、楽しんでください。