困ったときだけじゃない神頼み

神社参拝だけでなく、スピリチュアルな分野も使って開運する方法を紹介しています。

彼岸五日目は「精進」

明日、彼岸五日目の修行は「精進」です。

 

精進とは、不断の努力をいいます。

 

不断、すなわち続けることが大切です。

 

やると決めたことを、やり続ける。

 

やらないと決めたことは、二度とやらない。

 

少し前にも取り上げましたが、これらはとても難しいものです。

 

出家して、師匠の元で修行に励むのなら厳しく指導してもらえますが、私たち在家は、そうはいきません。

 

「少しくらい・・・」と、悪魔の囁きがやってきます。

 

それで挫折してしまうのです。

 

「続ける」というのは、とても難しい修行です。

 

前半の三日間で行った、布施、持戒、忍辱も、1日限りでは殆ど意味がありません。

 

生涯にわたって続けてこそ、修行になります。

 

誘惑に打ち勝つ努力が必要です。

 

精進すると決めた方は、まずは、その覚悟からです。

明日は秋分の日

明日9月23日は、二十四節気の第16「秋分」です。

 

明日1日だけを指す場合と、寒露までの2週間を指す場合があります。

 

秋分が期間を表す言葉でもあることを知っている人は、少ないでしょう。

 

七十二候は

 

初候・・・雷乃収声 ( らい すなわち こえを おさむ ) : 雷が鳴り響かなくなる。

 

次候・・・蟄虫坏戸 ( ちっちゅう こを はいす ) : 虫が土中に掘った穴をふさぐ。

 

末候・・・水始涸 ( みず はじめて かるる ) : 田畑の水を干し始める。

 

ということで、明日は早くも彼岸の中日です。

 

修行はありません。

 

明日は墓参りをして、御先祖様に感謝をしましょう。

 

開運法の一つとしてお墓参りを勧めている人は、たくさんいますね。

 

彼岸に限らず、常日頃から御先祖様に思いを馳せることは、開運につながります。

 

先祖霊軍団の強力な御加護をいただいて、公に貢献し、大きな徳を積んでください。

 

 

 

明日は社日、そして彼岸三日目は「忍辱」

明日9月22日は、雑節の一つ「社日」です。

 

社日は春と秋の2回あって、明日は「秋社」とも呼ばれる日です。

 

社日は、産土神に感謝を捧げる日です。

 

秋社では、収穫に感謝します。

 

産土神社に御無沙汰の方は、参拝するか、イメージでバーチャル参拝して、感謝の祈りを捧げましょう。

 

そして、神様から御神徳をいただくのです。

 

もう一つ。

 

彼岸三日目の修行は、「忍辱 ( にんにく ) 」です。

 

屈辱に耐え忍ぶ、怒りをぶつけないなど、相手を赦す修行です。

 

さらに、うまく行っているときに調子に乗りすぎないよう、グッと堪える修行でもあります。

 

また、無我の境地に至るのも忍辱によるものですが、これは、師匠について修行しないと、まず不可能でしょう。

 

前世で、後一歩というところまで極まった方なら、できるかもしれませんが。

 

在家の我々は、穏やかに、にこやかに、1日を過ごすことができれば合格です。

 

 

彼岸二日目は「持戒」

明日の修行は、「持戒」です。

 

私たちは在家ですから、出家した僧侶のような戒めを持って暮らすことは、簡単ではありません。

 

私は、「約束を守る」ことが人として最低限の戒律だと思います。

 

あなたは、約束を破られたら、相手を信用しないでしょう。

 

あなたが約束を破り続けると、誰にも信用されなくなります。

 

また、自分自身にした約束を破ると、潜在意識に見放されます。

 

やると決めたことをやらなかったり、二度とやらないと決めたことをやってしまったり。

 

こんなことを繰り返していると、潜在意識に外方を向かれてしまいます。

 

明日は、そのようなことに思いを馳せてください。

 

 

明日は彼岸の入り

明日9月20日から、秋のお彼岸です。

 

お彼岸といえば、墓参り。

 

ついこの前、お盆に参ったばかりじゃないか。

 

と、思われる方も多いでしょう。

 

面倒臭がらずに、お参りしましょう。

 

御先祖様に喜んでいただき、あの世から応援していただければ、開運し易いというものです。

 

なんと言っても身内ですから、少しくらいの我儘も聞いてもらえるでしょう。

 

神社の眷属のように、バチを当てることもありません。

 

さて、お彼岸といえば六波羅蜜六度万行です。

 

お彼岸のたびに取り上げますから、心を新たに、実行してください。

 

これは、仏に至る修行、悟りに至る修行、御魂磨きの修行です。

 

9月20日、初日の修行は「布施」になります。

 

布施とは、人に施すことです。

 

寄付や募金は、布施の中で「物施」と呼ばれるものです。

 

コンビニのレジの横には、募金箱がありますね。

 

買い物の度に布施ができるのは、じつに有難いことです。

 

布施は、お金や物を与えることだけではありません。

 

他者の幸せのためにしてあげることは、全て布施です。

 

「自分には与えるものなんて、何も無い。」などと、思わないでください。

 

何も持っていなくても、「無財の七施」は実行できます。

 

布施は徳積みです。

 

徳分の多い人ほど、大きな徳が積めます。

 

逆に徳分の乏しい人は、徳が積みにくい状況です。

 

現状をみれば、持っている徳分の多寡がわかります。

 

あなたの徳分は、いかがですか。

自分に許可を与える

「ゆるす」は、「赦す」と「許す」の二種類があります。

 

「赦す」は、刑罰や義務を免除するといった類の意味です。

 

「許す」の方は、自由にさせる、聞き入れるといった意味です。

 

これまで、他者や自分を赦すことを、何度か取り上げてきました。

 

悪いことをした他者や自分、理想でない自分を罰することをやめましょう、ということです。

 

これができて、ようやくニュートラルの位置に立つことができます。

 

その次の「ゆるし」は、「許し」の方です。

 

自分に対して、今まで遠慮してきたことを実行する許可を与えましょう。

 

あなたは、自分自身に幸せになる許可を与えていますか。

 

裕福になる許可を与えていますか。

 

自由になる許可を与えていますか。

 

世の中に対して価値を与えることを、自分自身に許可していますか。

 

していないのなら、早速、許可してください。

 

幸せになって、いいんです。

 

裕福になって、いいんです。

 

自由になって、いいんです。

 

世の中に価値を与えて、いいんです。

 

その他、思いつく限りの許しを与えましょう。

 

そうして、様々な縛りから、自分を解放してあげてください。

旧字体

漢字には、普通に使用されているもの以外に、旧字体と呼ばれているものがあります。

 

現在、画数が多い旧字体が使われるのは、苗字くらいでしょう。

 

私も、いくつかを除いて旧字体は使いません。

 

以前、「形にはパワーがある」ことを取り上げました。

 

パワーを持つ図形としてよく使われるのは、五芒星と六芒星です。

 

五芒星とは、一筆書きで書く星形をイメージするといいでしょう。

 

六芒星は、いわゆるダビデの星です。

 

イスラエル国旗の真ん中に描かれている図形です。

 

これらの図形が持つ力は、人が感じられるほどのものです。

 

例えば、六芒星を紙に書いて、その上に飲み物を置いて、味の変化をみてみてください。

 

日本酒が一番わかり易いと思いますが、敏感な方なら真水でもわかるでしょう。

 

五芒星、六芒星に加えて八芒星も試して、味の変化の違いを楽しんでください。

 

話がそれました。

 

形にはパワーが宿ります。

 

当然、文字にもパワーが宿ります。

 

同じ漢字でも、新字体旧字体ではパワーが違います。

 

特に、GHQによって強制された「当用漢字」のなかには、パワーダウンさせられた漢字が沢山あります。

 

醫→医、學→学、氣→気など、大きく書いたり、拡大コピーをするとパワーの違いがわかるでしょう。

 

普段から旧字体を使えば良いのですが、画数が多いので、面倒臭いというのが本音です。

 

キーボードを打つときも、探すのに苦労するものが沢山ありますし。

 

ただ私は、よく使う「氣」は、なるべく旧字体で書くようにしています。

 

氣と気では、气の中にある「メ」を「米」に変えるだけですから。

 

「メ」は〆、すなわち閉じ込めてしまう意味です。

 

「米」は、中心から八方に広がって行くイメージです。

 

エネルギーが拡散して、発展して行きます。

 

締め切ったところには、進歩も発展もありません。

 

そこで、ポジティブな意味の単語には「氣」を使っています。

 

ネガティブなものは、そこで締め切って閉じ込めた方が良いので、「病気」や「邪気」などには「気」を使うようにしています。

 

あなたも、簡単なものから、取り入れてみませんか。