困ったときだけじゃない神頼み

神社参拝だけでなく、スピリチュアルな分野も使って開運する方法を紹介しています。

残り時間

古代ローマ帝国の哲学者セネカの、「人生の短さについて」 を読み返してみました。

 

彼は、浪費するから人生を短く感じるのだ、みたいなことを言っています。

 

でも、浪費していなくても人生は短いと、私は思います。

 

A4サイズの紙を用意して、そこに、やりたいことを書き出してでみてください。

 

やるべきことではなく、「やりたいこと」 です。

 

今の環境や、経済状況、年齢、体力などの条件を考慮に入れないで、ただ、やりたいと思うことを書いてください。

 

書き出してみて、私は、愕然としました。

 

やりたいことが、こんなにたくさんあるのに、残り時間の、何と少ないことよ。

 

くだらないことに捨てる時間なんて、一瞬もありません。

 

あの世に帰る時に、やり残した分だけ後悔が残るのでしょう。

 

私は、あれもこれも、やりたいことを全部やってから、あの世に帰りたいと思います。

 

あなたも、そう思うでしょう。

 

あなたは、嫌なことを、我慢して続けていませんか。

 

他人の為に、自分の時間を捧げていませんか。

 

時間=命ですから、時間を捧げるというのは、命を捧げるということです。

 

その相手は、あなたの命を受け取るほど価値のある人間ですか。

 

そうでないなら、ただちに縁を切りましょう。

 

明日は、下弦の月ですね。

 

下弦の月は、スピリチュアルの世界では、デトックスの月だそうです。

 

あなたの残り時間を浪費する物事や人物を、デトックスしましょう。

 

神様に祈るのならば、瀬織津姫大神様です。

 

祓戸四柱の神様の一柱、瀬織津姫大神様に、祓っていただきましょう。

 

あなたの時間を盗りに来る人や物事は、邪気邪霊に等しいですから。

 

 

 

 

逃げたって、いいんです

嫌なことからは、逃げましょう。

 

嫌な人からも、逃げましょう。

 

逃げたって、いいんです。

 

長生きしても、僅か100年ほどの人生ですよ。

 

あと、どれくらい残っていますか。

 

千年も万年も生きていられないのですから、嫌なことを我慢している暇なんて、ありません。

 

嫌な人間の相手をし、嫌なことを耐え忍ぶことは、修行でもなんでもありません。

 

時間の、無駄遣いです。

 

修行とは、「これぞ」 と決めたことに、邁進することです。

 

「今日は昨日の限界を超える」 意気込みで、目標に向かって苦痛に打ち勝っていくものです。

 

他人から押し付けられたものに苦痛を感じる時は、さっさと逃げましょう。

 

親子、兄弟、夫婦、家族、親戚、仕事関係、地域などでも、嫌なことを我慢しないで、逃げましょう。

 

それで人間関係が壊れたところで、小さなことです。

 

今世の使命を果たすことが第一ですから、それを阻むものからは、逃げ出しましょう。

 

このところ、古事記を読み返しているのですが、神様ってみんな、自由ですよ。

 

勝手気ままで、自由で、明るく楽しく過ごしていらっしゃいます。

 

耐え忍んでいる神様なんて、一柱もいません。

 

神様でさえそうなのですから、私達だって、自由に生きましょうよ。

江島神社

神奈川県藤沢市江の島にあります、「江島 ( えのしま ) 神社」 を紹介しましょう。

 

御祭神は、

 

多紀理比賣命 ( たぎりひめのみこと ) ・・・奥津宮

 

市寸島比賣命 ( いちきしまひめのみこと ) ・・・中津宮

 

田寸津比賣命 ( たぎつひめのみこと ) ・・・辺津宮

 

創建は、鎌倉時代の1206年。

 

御祭神は、宗像三女神と同じです。

 

それで、仏教と習合して弁財天として信仰されてきました。

 

今では、日本三大弁財天の一つに数えられています。

 

弁財天と言えば、銭洗いです。

 

辺津宮・奉安殿の向かいにある「銭洗い白龍池」 の水で、お金を洗ってください。

 

ちゃんと、ざるが用意されています。

 

また、賽銭箱が池の中に設置されていて、そこに投げ入れる楽しみもあります。

 

江の島はパワースポットとしても有名ですね。

 

時間のある方は、長く留まるといいでしょう。

 

なお、神社とは関係ありませんが、お金をきれいにすることは金運上昇につながります。

 

お札は、除菌ウエットティシュで拭いてから、財布に入れるといいでしょう。

 

もちろん財布も、きれいに拭いておきましょう。

明日は朔日月次祭

明日は五月一日。

 

全国の神社で、朔日月次祭が行われます。

 

通常、一般の参加が認められていますが、緊急事態宣言が出された地域の神社では、制限されているかもしれません。

 

参加を予定されている方は、ホームページなどで調べてください。

 

月次祭では、先月の御守護を感謝し、今月の弥栄を祈ります。

 

日本国、日本の国民、皇室の弥栄を第一に、祈りましょう。

 

皇室の神様と言えば天照大神ですが、皇室の働きは、まさに天之御中主神です。

 

皇室や天皇陛下には、権力はありません。

 

権威はあっても、権力の無い存在です。

 

しかし、日本国の中心として2681年間、ぶれずに在りました。

 

藤原氏、平家、源氏、北条氏、信長、秀吉、家康などは、強大な権力を誇りましたが、天皇位には手を出しませんでした。

 

秀吉は関白でしたし、家康は征夷大将軍です。

 

関白は天皇の補佐役、征夷大将軍天皇の家来です。

 

その気になれば、王として日本を支配出来たのに、しませんでした。

 

彼らは皆、権力は得ても、権威を得ることができませんでした。

 

日本の中心は、いつの時代も天皇でした。

 

これは左翼にとって、面白くない話でしょうけど、事実です。

 

さて、日本国の中心である皇室の弥栄を祈ることは、日本国の平和、日本国民の幸福につながります。

 

そしてそれは、自分自身の幸せにつながります。

 

明日は一日ですから、自宅の神棚もきちんとお祀りして下さい。

 

毎度、繰り返していますが、月が変われば、ツキもかわります。

 

今月ツイてなかった方は、五月に期待してください。

 

さあ来月も、大いに、盛り上がっていきましょう。

妙見菩薩

妙見菩薩は、北極星または北斗七星を神格化した天部の仏です。

 

北極星は天の中心です。

 

すなわち、妙見菩薩天之御中主神と同じと考えられます。

 

真言は、

 

「オン ソチリシュタ ソワカ

 

「オン マカシリエイ シベイ ソワカ

 

「ボチテイト トソタ アジャミタ ウトタ クキタ ハラテイタ ヤビジャタ ウトタ クラチタ キマタ ソワカ

 

妙見菩薩が、お寺に祀られているのは当たり前ですが、神社の中にも祀られているところがあります。

 

これは、妙見菩薩天之御中主神と見做されているからです。

 

菩薩といえば修行中の仏様ですし、最高神と同じだと見做すのは、いかがなものかと思いますが。

 

そこには、何か深い計らいがあるのでしょう。

 

天之御中主神が、現世に御神徳 ( 御利益 ) を行き渡らせるために、菩薩の姿となっていると考えてみますか。

 

祈る側としては、目に見える御利益がある方が、嬉しいですしね。

 

 

天之御中主神に願うべきこと

天之御中主神は、天の中心、軸です。

 

私達は、自分の中心、軸をしっかり保たなければなりません。

 

マスコミや他人の言動に、いちいち反応していて、心が揺さぶられないように注意しましょう。

 

今は、情報に振り回されて、あっちに行ったり、こっちに来たり、ふらふらしてしまう時代です。

 

私達が、マスコミやインターネットを通じて受け取る情報の量は、凄まじいものです。

 

脳の処理能力を、越えています。

 

受け取った情報を吟味して、正しい判断をする時間も、心の余裕もありません。

 

テレビを観ない、SNSを見ないなど工夫をしないと、処理しきれません。

 

そんな世の中にあって、自分をしっかりと保つためには、天之御中主神の御神徳が必要です。

 

金運や縁結びなどは、それが得意な神様にお任せしましょう。

 

天之御中主神には、ぶれない自分でいられることを祈ります。

 

 

天之御中主の時代へ

日本は、長らく天照大神の時代が続いてきました。

 

天照大神が神様の頂点とされたのは、古事記からだといわれています。

 

女帝持統天皇を正当化するために、女神である天照大神最高神としました。

 

ただ、奈良時代以前は、天照大神男神だった、という説もあります。

 

古事記には沢山の神様が登場しますが、天照大神は98番目だかの神様です。

 

数字は、定かではありませんが。

 

古事記で最初に登場するのは、天之御中主 ( あめのみなかぬし ) 神です。

 

この神様は、登場して直ぐに、「身を隠したまいき」 です。

 

この神様と、高御産巣日 ( たかみむすび ) 神、神産巣日 ( かみむすび ) 神を合わせて、造化三神と言います。

 

この三柱とも、ただ登場するだけで、去ってしまいます。

 

古事記編纂の時、当時の支配者にとって都合の悪い神様だったのでしょう。

 

しかし、都合は悪いけれど抹殺できない重要な神様、ということだったのだと思います。

 

主催神として祀られている神社も、あるにはありますが、小ぢんまりとした無名の神社ばかりです。

 

大きな神社では、摂社や末社の一つとして、小さな祠で祀られていたりするくらいです。

 

生き物として私たちの先祖をたどっていけば、最初の単細胞生物に至ります。

 

魂の先祖をたどっていけば、天之御中主です。

 

これからは、日々の祈りの中に、天之御中主への感謝を入れてください。

 

人生が、変わっていくことでしょう。