日本において、仕事があり、お金があり、配偶者があり、子供があるというのは、まあ、普通です。
仕事やお金はあり、配偶者もいるけれど子供はない、という人もいます。
仕事やお金はあるけれど、配偶者も子供もいない、という人もいます。
仕事はあるけれど、生活するギリギリの収入しかなく、配偶者も子供もいない、という人もいます。
仕事がない、お金がない、配偶者もない、子供もない、という人もいます。
このほかに、健康面や人間関係で、恵まれていたり、そうでなかったりします。
また、仕事はあるけれど、やりたくない仕事を我慢しながら続けている、という場合もあります。
こうして見ると、仕事とお金、配偶者と子供がいる人は、多少のゴタゴタがあっても恵まれているといえます。
ところが人間は、今の環境に慣れてしまいます。
恵まれている人も、恵まれていない人も慣れてしまって、その場に留まり続けます。
これを、「コンフォートゾーン」といいますが、必ずしも、快適な状態ではありません。
慣れてしまうと、恵まれている人でも、不足している部分には不満を持ちます。
それで、神様に願い事をするのです。
正月には全国の神社に、何千万人もの人が訪れます。
この恵まれている人が、更なる幸運を求めて祈願すると、どうなるでしょう。
それが軽い気持ちなら、神様は、放っておかれるでしょう。
参拝した分の御神徳を授けておくだけで、特別に力を貸してやる必要はないからです。
すでに、幸せですから。
恵まれている人が、もし神様に見込まれたら、次のステージが用意されるでしょう。
より活躍し、日本国や国民、あるいは人類に貢献するという使命が与えられます。
当然、高いレベルが要求されますので、やってくる試練は凄まじいものになるでしょう。
徹底的に鍛え上げられ、責務を果たす優れた人材に育成されます。
客観的に見て、とても恵まれている方は、神様に幸運を祈願する時、覚悟を決めてください。
神様に見込まれた人に与えられる御神徳は、上のステージに上がるための神鍛えなのです。