先日、NHK「スイッチインタビュー」に出演されていた尼僧の青山俊菫さんが、興味深い話をされていました。
紙にも色々な種類があり、様々な役割が与えられています。
その中で便所の落とし紙、今ではトイレットペーパーですが、その役割は、お尻をきれいにすることです。
その紙は、お尻をきれいにした後、捨てられます。
「相手を浄めて、その後に捨てられる」というのは仏の生き方そのものだと、彼女は仰っていました。
そして、そのような役割を与えられた時、自分は喜んで受け入れられるのか考えた、とも仰っていました。
ある人を救ったのに、あるいは尽くしたのに、その人に捨てられる、嫌われる、追放される、ような目にあったら、その状況を喜んで受け入れられるのか、ということです。
あなたは、どうですか。
カルマの法則、徳積みなどの知識が無かったら、「絶対に嫌だ」と思うでしょう。
しかし知識があれば、受け入れられます。
実際のところ、助けてあげた相手に嫌われることは、私の場合、よくありました。
最初は腹を立てたり、悲しかったりしましたが、最近はそんことはありません。
むしろ「陰徳が積めた」と、ほくそ笑んでいます。
まあ、そのように計算するところが、まだまだ仏心には程遠いのかもしれません。
また、陰徳が積めて嬉しい反面、たまには感謝されたい、慕われたいと思ってしまいます。
しかたがありません。
「にんげんだもの ( みつお )」
本日も、お読みいただき、ありがとうございました。
明日も、楽しい1日をお過ごしください。