スピリチュアル系の本を読んでいると、「今の状態は、望んだ結果なのだ。」 と書いてあります。
幸福な日々を送っている人は、まあ、納得するでしょう。
不幸な人は、納得しません。
本には、「不幸なのは、本心では不幸を望んでいた」 とあります。
でも、不幸になりたいと望む人は、いないでしょう。
不幸を望むというのは、どういうことでしょうか。
それは、幸せになりたいという願望です。
「幸せになりたい」 と願うことは、現状が不幸である、と決めていることになります。
「自分は不幸なのだ」 という思いは、不幸を呼びます。
同じ波動のものを引き寄せるのですね。
神社に行って、「幸せになれますように」、神棚に向かって、「幸せになれますように」、仏壇にも、「幸せになれますように」、と祈れば祈るほど、「私は不幸なのだ」 と潜在意識に叩き込むことになってしまいます。
潜在意識に入れば、後は自動的ですから。
では、現実に不幸な人は、どうすれば幸福になれるのでしょうか。
これまでにも、いくつか書いてきましたね。
最も楽しいのは、幸せな妄想です。
最高の未来を妄想して、幸福感に浸ること。
うきうき、ワクワクの波動が、幸福を呼びます。
また、感謝の先取り、というのも一つの手です。
神社でも、仏壇にでもいいですから、「○○出来ました。お力添えいただきましたことを感謝します」 と、お礼を言うのです。
神様にしても、御先祖様にしても、「何もしていないのに礼を言われて、むず痒い。手助けしてやるか」 となります。
それに、「○○出来た」 と宣言している言葉が潜在意識に入るかも知れませんし。
叶いやすくなります。
どちらも難しいという方は、全てを神様に委ねてみましょう。
全部委ねたわけですから、試練が来ても、分不相応だと感じる幸福が来ても、受け入れる覚悟をして下さい。
何があっても、最後は幸福になれます。
早速始めましょう。
ゆっくり不幸を味わっているほど、人生は長くありませんよ。